濱音ヒストリー その10
濱音-第一譜-の頃、ヤス君・ヒルタ君は「S」スカッコを解散し、新ユニットneddyを結成していた。
第二譜以降で新たなメンバーとして迎えられたのは、ソロで活動を行っていたchikako。chikakoは一人で横浜にふらっとやって来る。何の気なしにギターケースに座り歌い始めると、見る見るうちにオーディエンスの輪ができあがった。誰もが舌を巻くその歌唱力もさることながら、彼女の歌からは、人を惹きつける「何か」が発せられるのであった。シンガーにとってうまい下手より、その奥にある「何か」が最も重要なものだということに、彼女は気づいていた。
東横線白楽駅を降り、線路沿いに少し歩いてから何十段もの階段を上って行った坂の上に当時のヤス君宅があった。坂を上り振り返ると、富士山が奇麗に見えるんすよと、嬉しそうに教えてくれた。
当初、濱音の打ち合わせと称した飲み会がneddyヤス君宅で何度となく行われ、段々とイベントのかたちが見えていったのだった(当時の隣人は本当に気の毒だったと思う)。出演者のできたてCDを聴きながらライブの進行を想像してみることになった。Green Pieceのミニアルバム「みどりのかけら」を聴いたのは確かその場が初めてであったと記憶している。
その流れでヤス君が見せてくれた「S」スカッコのPVには参加者全員が釘付けとなった。東横線沿いを舞台にしたそのPVは、ロケ日を設けて様々なシーンを撮影し、丹念に編集が施されたもので、想像をはるかに超える出来映えだった。
「この映像ってどうやって作ったの?」
誰がきっかけだったかは忘れたが、その場にいた全員の気持ちを代弁する言葉だった。
須田さんという映像作家が知り合いで、アーティストのPVを作るのとほぼ同じ作業を経て完成したんだと教えてくれた。映像素材制作のスペシャリストであり、誰もが知っているあのTV番組のオープニング映像を手がけている人だと知ってさらに興味が湧いてきた。
大胆なお願いをしてみた。
「須田さんに、濱音のライブ会場で流す映像を作ってもらえたりしないかな。」
つづく。
開催まであと19日。
by hamaoto
| 2007-11-11 03:34
| ◆濱音ヒストリー◆